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リンク二つ追加

○リンク二つ追加
 リンクを二つ追加した。
 一つは「疾風の通り径」。高校時代の同級生のブログ。仙台、TBC勤務の映像技術屋。多芸多才多彩。昔、高校時代、学園祭クラス演劇の小道具係をやって、人の出すアイデアを次々に具現化していくその器用さには、尊敬措く能わざるものがあった。
 もう一つは「阿部学長の独り言」。やはり高校時代の同級生のブログで、サイトもある。北海道札幌にカラースクール「フォーティーフォーカラースクール」を設立し、道内随一のクオリティに育て上げた。もとは拓銀マンで、その最期を看取った人でもある。この人も多芸多才で、クラス演劇では脚本を書き、自ら主役も張った。
 この二人の不屈の友人のブログを載せます。ご高覧をお願いします。

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NHKBS「馬上法廷」

○NHKBS「馬上法廷」
 NHKBSの夜のドキュメンタリーで、「馬上法廷」というものを観る。中国雲南での話で、山を越え谷を越え、70あまりの村を訪問しながら巡回裁判をしていく、少数民族出身の若き裁判官の姿のルポルタージュ。訴訟事件は貧しく小さなコミュニティ内の出来事のため、ほとんど判決はつけず、和解に持ち込んでいく。
 中国なんて、2500年前から、こうして同じことをやり続けているのだろうと思った。『漢書』でも読んでいるような気がした。
 どだい「法治」で統治していこうということが、そもそも無理なのではないか、と感じた。陳勝呉広の例もある。

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雨に弱い小田急

●雨に弱い小田急
 今日の3コマ授業もなかなかきつかった。
 新年度ゼミ募集の説明会に、30人近く来たのには驚愕。ぽつりぽつりだと高をくくって研究室でやろうと思っていたのに、急遽ゼミ室に変更。マア何人残るか。今年は、おとなし目で、深く考え掘り下げたいタイプを、なんとなく好ましく感じているのだが。
 4年生に配る、卒業論文の印刷用フォーマット(見本)を作成しているうちに、夜9時を回って、あわてて学校を出る。雨の中、数少なくなったバスに乗って駅に着き、ホームのベンチでいつもどおりひっくり返っていると、既に行ったはずの準急が来る。ダイヤが乱れて7分ほど遅れた運行になっていたらしい。原因のインフォメーションは無し。
 だいたい小田急は、昔から雨に弱い。ちょっと降ると、もうこれだ。
 それでもちゃんと帰れたから、それでいい。
 明日土曜日は、また北関東で市民大学講座。

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有翼日輪目撃

○有翼日輪目撃
 しばらくぶりにブログを書く時間を持てる。
 今日打ち合わせがあって学校へ行く途中、上を見たら、青空に小さな細かい雲の筋の流れ(絹雲ではなく、よく地震予知サイトで言われるような、画用紙の上に砂をばらまいて下から磁石を当てたときにできる磁力線模様に似たもの、エアロゾルとかが関係しているらしいが私にはよく分からない)ができていた。それがちょうど、鳥が羽を広げたように広がっていて、その向こうから太陽が輝いている。
 はっと気がついて目を移すと、その太陽から逆の方の空にもその雲は広がり伸びていて、ちょうど太陽を鳥の胴体か頭にたとえると、雲はその両翼にあたる形となっている。
 しかもそれだけではなく、目を移すと、雲の筋は、鳥の尾にあたる側にも伸びている。

「有翼日輪」ということばが、すぐに思い浮かんだ。大きな翼を伸ばした鳥としての太陽。古代アッシリア、エジプト、ペルシアにおける神的象徴。
 中公新書『有翼日輪の謎』によれば、有翼日輪は皆既日食のときのコロナ放射の具象化と結論されているが、もしかすると、こうした太陽を中心とした形で広がり見える雲の筋の連なりもまた、有翼日輪のイメージ形成の原型として有り得たかもしれない、とも思ったことだった。
 しかしこうした雲の形成が、ほんとうに地磁気などとの関係で起こっているのだとしたら、それはいったい、地球について何を語っているのだろうか。コロナは太陽磁気、この雲は地磁気。どちらも磁気だ。ここで宮澤賢治の「太陽マヂックの歌」まで連想するのは穿ち過ぎだ。
 見とれながら歩いているうちに、ようやく雲の形も流れて崩れ、輝かしい太陽はその眩しい姿を見せて、私の進む方角も変った。

*世田谷、午後2時20分頃。
 

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うまくいった講義

○うまくいった講義
 今日のM大での講義は、一年に数回あるかないかという出来のものだった、と自分で思う。最初はちょっとギクシャクしたかな、と思っていたのだが、資料の地図を忘れてきて、仕方なく自分で描いたら、そこから話が思いもかけず発展して、しかも最後にちゃんと戻ってきて平仄がついた。この組み立ては、今後も取り入れていけるものだ。
 夜は妻と食事に出る。久々に美味しく、また栄養もついた。帰りは青山通りと表参道をウィンドウショッピング。

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目まぐるしい

●目まぐるしい
 あまりに目まぐるしくて、講義で何を話すのかわからなくなる。
 賢治? シルクロード? 中国史?
 目の前の一つことを一つずつ、それが一日に一つもできない。計画以外の仕事が突発的に入るからだ。そちらをこなすしかない。
 普段は昼を抜いて、食べてもソイジョイくらいで済ますのだが、こうなるとそうも言っていられない。というわけで、今日の昼は、午後遅かったが、夏目坂下に出来ている麻婆豆腐の店にした。もう人もまばらで、静かに中国ポップスが流れている落ち着いた感じだった。
 一度は薬食いで、四つ足の肉を食べねばならないかな、と覚悟しつつある。
 仕事が立て込んできて、さすがにパワーをつけねばならないから。
 さて明日は、9時からの授業。もう寝る。

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一週間終わり

○一週間終わり
 大学での仕事が授業以外にも忙しく、目が回るよう。会食場所を探しているとき、階段で足を踏み滑らせかける。足が上がらなくなっているほどくたびれていることを改めて認識し、愕然とする。いつまでも若い院生の気分が抜けない人間のつもりだったのだが。柄にもなく段取りをつけたり、折衝をしたり、それで飲んでクールダウンして家に戻ると、もうブログも書けない。院生の頃ならたぶん嫌悪感を催したであろう、あの嫌な「大人の教員」に、自分もまたなってしまったのか。
 今日は北関東での市民大学講座2回目。台風20号の雨の中、それでもよく受講生が集まっている。帰りは、次第に各路線に遅延の情報が増えていくなか、運よく順調に戻ってくることができた。
 月曜日から土曜日まで、まったく休みなし。

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美味い定食屋

○美味い定食屋
 今日、会合の帰り、素晴らしく美味い定食屋に寄る。若手同僚の先生の紹介。
 いつも通るメインの道路から横に外れたところにあって、あまり認識していなかった。
 店は蛍光灯で明るくて、がらんと天井が高く、いかにも昔風の定食の店。壁には献立を書いた短冊がずらりと並べて貼られているのもいっそうそんな感じ。今風の照明も内装も施していないところが潔くていい。
 先にビールを頼み、出てきたお通しのひじきを食べて、これはいけると確信した。
 予想通り、出てきた食事は期待以上で、私はかさごの煮付けにしたのだが、臭みも何もなく、油もすっかり落ちて甘辛さ具合が全体に染み込んだ絶妙の味付け。そして大き目の茶碗に盛られたご飯がまた、ふわりと炊き上がっていながら、それでいて気取った料理屋によくありがちなあの妙に自己主張した粒立ちというものがなく、「むしゃむしゃ」食べられる柔らかさを持っていて、定食屋の飯にふさわしく好ましい。味噌汁も沢庵も出しゃばらず、しかもえぐみがまったくない。
 少々遅い時間に入ったのだが、後から人が途切れることなく入って、静かにテーブルにつき、ひっそりと夕食をしたためていく。みな独身者なのだろう。地元に住む人たちにのみ知られる店だ。
 味と雰囲気に満足し、満腹して、ビールも合わせて、ひとり野口英世一枚。

 こうした店が存在しうる商店街というのも、なかなかいいではないか。
 

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食品偽装

●食品偽装
 比●地鶏の偽装。「加工すればわからない」とか。しかも「廃_鶏」という、年を取って肉が硬くなったものの方が、かえって地鶏の風味に似るそうだ。
 だったら、ブランド品て何だ、ということになる。鶏は鶏だし、鶏であればいい、だけではないか。
 ところが、ごくふつうの「鶏」が、もはや「鶏」ではなくなっていた(一種の人工加工製品になっていた)ので、一躍「地鶏」がそれに対するオルタナティブとして脚光を浴びた。自然、健康、地域おこしなどがキーワードだ。
 だが「地鶏」が本来要するに「ふつうの鶏」なので、人工加工製品と堕したふつうの「鶏」が、本来の「ふつうの鶏」となればいいのであって、そうなったら「ふつうの鶏」も「地鶏」も、そんなに区別すべきものでもないのだろう。
 それどころか、人工加工製品としてのふつうの「鶏」も、「ふつうの鶏」も、「地鶏」も、区別がつかないではないか。

 赤_福だって、正直に「冷凍解凍処理をしていますが、品質・食感・衛生面にまったく問題はありません」と堂々表明すればなんの問題もなかった。そして「伊_勢の本店では毎日作りたてを出しておりますので、どうかご来店ください」とかなんとか宣伝すれば、それこそ千客万来で相乗効果だ。
 それが変にお高く止まった営業などするから、こうしたことになる。
 

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北関東で講座

○北関東で講座
 北関東某県で市民大学講座を担当する。
 指示された時刻表通りに電車に乗って、新幹線も停まる町で支線に乗り換えると、とたんに雰囲気が鄙びる。目的の駅で降りると、担当の職員の方が待っていて、そこからは車でセンターまで送ってくれる。
 受講者は70名ほどで、大多数は高齢者、なかには80代の方もおられる。耳が肥えているに違いないので、注意にも注意を重ねながら話していかねばならない。こうした場で2時間というのは、相当に疲れるものだ。
 ともかく何とか無事に終わり、控室に戻る。来るときに車の中の雑談で、帰りは別ルートでなどと話していたら、親切にも早速時間を調べておいてくれていた。最寄り駅まで送ってもらい、来た列車に乗る。
 こちらは非電化路線で、新型車両ながら当然ディーゼルだ。沿線はさながらケーブルテレビでおなじみ「鉄道のある風景」状態。車窓の両側には田園や木立ちが続き、点在する農家の庭先を通り過ぎる。駅が近くなると、大谷石造りの倉庫や、線路が取り払われた引込み線跡など、「撮り鉄」がよだれを垂らさんばかりの光景が次々に現われる。じっさいカメラを構えた人を見かけた。
 ようやく大きな町に着くと、そこはつくばエクスプレスの乗換駅。「マツモ●キヨ●」などがあって、とたんに都市文明に引き戻される。
 後は秋葉原~新宿と戻ったのだった。

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