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インチョー♪先生復活

○インチョー♪先生復活
 インチョー♪こと白井洋一朗先生がネットに復活した。
 インチョー♪先生は、昔は「ぼうず」先生で、私は「ぼうずな麻酔科医」「ぼうずのページ」サイト時代以来の愛読者だ。紆余曲折の人生行路を辿り、スピリチュアリティに目覚め、ヒーラーとしても活動した。その歩みには、人を共感させるものがあった。他方、医食同源の健康法を自ら実践し、サイト読者に知らせてくれた。その中には、私も続けているものも多い。
 それがあるとき、ぱたりとサイトを閉じ、ネットから姿を消していた。あまりに唐突で、そのため心配した人も多く、私もそのひとりだったが、先生は「いつも前向き」の心持ちを失わず、元気に次のステップに備えていたようだ。久し振りにグーグル検索してみたら、今年初めからブログで復活していた。しかもさらに一皮むけた感じだ。嬉しい限りだ。まだ四十前だというのに、ほんとうに立派なものだ。
 このインチョー♪先生は、ナチュラルクリニック代々木の院長の任にあり、心療内科/内科の分野で日々活躍しておられる。現在では、ブログのハンドルネームは「院長白井」だ。ブログのサイトを下に記しておくので、興味のある方はぜひ御覧になっていただきたいと思う。
 白井先生、ありがとうございます。

http://nclinic.exblog.jp/

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ボルボ240、熱海往復

○ボルボ240、熱海往復
 午後、妻を乗せて、ボルボ240で熱海まで軽いドライブ。東名~小田原厚木道路~西湘バイパス~真鶴道路というコース。ボルボ240はきわめて快調で、ATミッションの切り替わりも、すっかりよくなった。快晴だが強風で、波飛沫がかかる。
 途中、真鶴岬に寄り、小休止。海、波しぶき、初島の光景、それに夕日を眺め、潮騒と松籟と鳶の鳴き声を聴き、潮の匂いをかぎ、深呼吸をして、五官を徹底的に働かす。一朝一夕で行くものではないと重々承知の上で、それでもホリスティックなデトックスと心得る。
 熱海海岸の駐車場(もう山桜が咲いている)に車を止め、レストラン「スコット」に行く。ここは有名な古い洋食屋で、ずっと昔から知っている。旧い店の方を妻に見せたかったのだが、あいにく水曜定休ということで、新しい「本店」の方で食べる。割合年配層の客が何組か入っている。私は海老フライ、妻はカニクリームコロッケと、古典的メニューを注文する。味はまあ、可もなく不可もなく、つまりまさに洋食の味ということだ。
 店を出て、熱海銀座を少し歩く。オフシーズンということもあるだろうが、ほとんどの店は7時だというのにシャッターを下ろして、歩く人もまばら。ただ、私の印象だが、熱海は衰退したといっても、綺麗で洒落た店やビストロなどもぽつりぽつりとはあるし、ホテルや旅館の代替わりとリニューアルも少しずつは進んでいるようだし、どだい高度経済成長のビルとコンクリートの群がおかしかったのであって、失われた10年も過ぎ、いまや不景気が一巡して、これから熱海は立て直し、しみじみした風情を取り戻せばいいのではないかと、むしろ感じたところだった。
 さて帰りは西湘バイパスから先は一般道をのんびりとドライブし、潮水に当たったボルボ240オンマニ号を洗車してから帰宅したのだった。

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夢の話

○夢の話
 目覚める直前の夢。
 僧侶か牧師か弁護士か、あるいはそれを足して割ったような人と電話で話している。こんな人でも霊感で物を見るのだなあ、と思っている。その人からのファックスも届いていて、私はどうやら妻について見てもらっていたらしい。それを見ながら電話を聞いていると、妻には「超日蓮」の魂が入っているので、これにどう対応するかは、かなりにえらいことらしい。
 そのやり方について電話の向こうでいろいろ言ってくれようとするのだが、「一寸待ってください」と紙か何かを繰る音がして、それから何も言わなくなる。あまりに長い沈黙なので、「もしもし」と言うと、「もしもし、それはですね、……」と先方が答えて、それから再び長い間が空く。
……というあたりで目が覚める。

「ウルトラ日蓮」とは、なんだか途方もない。

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電車の中吊り

○電車の中吊り
 今夕、東京メトロ千代田線(JR車両)の中吊りで見たルミネ(JR東日本の商業駅ビル)の中吊り広告。新開業ショップの紹介なのだが、どこのルミネもみなレディス向けの店ばかり開店しているのに、立川ルミネのみメンズショップが主流。
 やはり多摩は、バラガキ土方以来の、兄チャンの方が孔雀のように威勢がいい風土なのか、と可笑しくも思った。

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藤村と柳田

○藤村と柳田
 島崎藤村の『家』上巻の中で、小諸の小泉三吉(藤村)の家をおとなう、長野県庁で「コオペレエション」について講演するために東京からやってきた少壮の官吏である「西」とは、柳田国男のことだ。薄々そうではないかとは思っていたが、思い立って両者の年譜をネットで調べてみたら、合致した。ただし、そのときに西と同道した、彼の旧友である甲州出身の新聞記者が、実在の誰なのかはわからない。西のモデルについては新潮文庫本の注には出ていなかったので、気になっていたのだ。この西は、後の民俗学者柳田国男について私が持っている物知りの古老的なイメージとはずいぶん違って、ひどく闊達で、ときにはその話し振りや態度が少々厭味に亙るくらいの俗なエリート官僚に描かれている。旧友の記者に「君も大分変った」などと言われているほどだ。
 尤も、こんなことは文学史上では、常識の範囲内のことだろう。私のようなものが、たかが5分でネットで調べがつくのだから。ともかく、自分の心覚えまでに書いておく。

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医療用ロボット

●医療用ロボット
 夜のテレビニュースで観る。マニピュレーターだ。遠隔操作で、指先よりも細かい作業をこなす。
 恐らく、将来は、このようなシステム化されたマシンを操る人は、医者ではなく、「メディカル・エンジニア」(ME)として、制度上独立した職種となるだろう。
 そしてDoctorがHealerとなるか、ならないか。

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吉崎昌一先生を悼む

●吉崎昌一先生を悼む

訃報:吉崎昌一さん75歳=元北海道大教授、人類学専攻

 78年に市民団体「さっぽろサケの会」を作り、豊平川にサケを呼び戻す「カムバックサーモン運動」を提唱した。旧石器発掘ねつ造問題を受けて、総進不動坂遺跡(空知管内新十津川町)の再発掘調査団長を務めたほか、アイヌ民族初の国会議員で昨年死去した萱野茂氏を囲む「学者の会」の中心的メンバーだった。
(毎日新聞 2007年2月20日 東京夕刊)

 吉崎先生とは、かつて私が奉職した札幌の女子大学で、おこがましくも「同僚」として席を並べたことがあった。もちろん、若い助教授など、先生の足元にも寄れるものではない。そうした生意気な駆け出し教員の私に、先生はいつも一人前扱いで親切に接してくださったというのは、得がたいことだった。アイヌ文化、縄文農耕、三内丸山などについて、示唆に富むお話をいくつも伺うことができた。学生からも慕われ、先生の周りに、彼女たちの楽しい声の絶えることはなかった。北方考古学全体を巻き込んだ、あの「ゴッドハンド」スキャンダルのときも、先生は身の処し方を誤ることはなかったと思う。
 美食家で、ワインにも詳しく、最初の顔合わせの教授会の自己紹介で、いきなり「私はワインについてはうるさいです」とお話しされたのを印象深く覚えている。
 そうしたところが、あるいは身体を痛められる遠因となったのかもしれないとも悔やまれるが、90年代の後半、私が東京に戻る直前のころ、脳梗塞で一度入院されたことがあった。知らせを聞き、あわててお見舞いに行くと存外にお元気で、痺れがわかったので自分でタクシーを呼んで入院した、知り合いの医者に頼んですぐに処置してもらえたよと威張っておられたのも懐かしく思い出す。
 その後は東京と札幌ということで音信も稀となっていたが、お元気だとばかり思っていたところ、このたびの訃報に接し、時の流れに言うべきことばもない。
 だが私の心の中には、吉崎先生はいつもお元気に生きておられる。
 メーテルリンクの「思い出の国」の住民となられた先生にこのブログで懐かしくお礼を述べ、ご冥福をお祈りいたします。ありがとうございました。

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夢の話

○夢の話
 今朝の夢。
 軍の兵士の慰問のために、ジュークボックスを組み込んだオートバイ(ハーレーのような)を作ったアメリカ青年の話が載っているグラフ誌か、あるいはドキュメンタリーフィルムを観ているというもの。そのアメリカ青年は、悲惨な生い立ちか人生を過ごしてきているらしい。画面はきれいなカラー。私の夢はもっぱらカラーだ。
解釈:ジュークボックス、オートバイ、青年あたりが鍵になりそう。

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高幡不動参詣

○高幡不動参2e19ec10jpeg
 午後から、妻とともに高幡不動に厄除け祈願の御祓いに参詣する。中央道を飛ばして、着いたときは午後3時で、最後の組に辛うじて滑り込むことができた。
 高幡不動の護摩修行は、お堂が小さいせいもあって、たとえば川崎大師や深川不動尊などよりも、僧侶と願衆との距離が近く、規模は小さくとも迫力と霊験があるように思える。太鼓の音、読経の声、炎の熱と色、あぶられる札の匂い、狭い堂内での濃密な空間と時間、こうしたものが五官に総合されて、劇的で宗教的な心理効果をもたらす。
 御札を戴いた後、境内を少し散策。梅も咲いて、すでに早春の気配が漂う。交通安全の御祓いの方は、まだやっているようで、車が並んでいた。ボルボ240オンマニ号は、5月で1年を迎えるので、そのときにやってもらうつもり。
 門前の「開運蕎麦」で精進落としをした後、軽く北の方までドライブ。東久留米のサープラス・ショップ「東京ファントム」で、アルファインダストリーの新作M43スタイルジャケットを見つけて購入。去年の秋、AVIREXのM51スタイルを逃して残念と思っていたが、もう一つ古式のフィールドコートの復刻版がすかさず出たとは、こうした業界の競争も激しいと見える。これらは、原型が冬季戦闘服とはいえども、冬用ではなく春秋用に薄手になっており、シルエットも細身で現代カジュアル風アレンジも加えられているあたりが新しい味だ。「おしゃれ着としてもいいんじゃない」とは妻の意見。
 その後、夕食と日用品の買い物を済ませて帰宅。
 というわけで、写真は高幡不動門前で売っている「高幡まんじゅう」と「土方最中」。土方の写真入りで、最中の模様は石田散薬の商標である「石」の字のデザインになっている。
 
 

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国際武器見本市

●国際武器見本市
 2月21日の「報道ステーション」で観る。チェイニー副大統領来日とも合わせて、こういう人たちは、「矛盾」をまさに地で行っているなと感じた。

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