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元旦

 070101.jpg大晦日から元旦の夜は初詣もせず。
 朝はご来迎。ただし、わが居間は西向きなので、遠くのビルのガラスに反射した初日の出。ところがこれが黄金色に輝いて、なかなか見事なものなのだ。
 おせちとお屠蘇の写真。屠蘇入れの瓶は去年買った、和モダンのちょっと自慢のもの。

 (夜追記)今年もウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを観られて感謝する。指揮者はズービン・メータ。

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おせち完成

07osechi.jpg 大晦日。妻手製のおせち完成。
 これからちょっと浅草の歳末風景を見に出かける。吉例。それで混雑の前に戻ってくる。

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年越しの支度ほぼ終わる

 年越しの支度もほぼ終え、明日はお重に料理を詰めるのみ。
 今年は、私はなますと数の子の味付けのみ。黒豆は皺のよる江戸風。
 夜は「有頂天ホテル」を観て過ごす。

●フセインの死
 私にとって、天安門事件以来のなにかが終わったのだろう。

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年の瀬の買物

○年の瀬の買物
 昼から、年の瀬の買い物。「爆弾低気圧」の名残りの強風の中、ボルボ240に乗って、妻と出発。
 まずは上野に出て、御徒町の「吉池」で塩数の子を買う。アメ横に行こうと思ったのだが、その前に吉池に入ってみたら、北海道産のものが量り売りで廉いので買った。それから、上野に出ればいつも寄る松坂屋地下の「伊勢ろく」で地鶏親子丼を食べ、再び車に乗って、今度は厩橋の「海老屋総本店」で何種類か佃煮を買う。私は小鮒の佃煮が好きだ。
 その後は、一寸ドライブ。長駆して、千葉の北総ニュータウンにあるジョイフル本田とジャスコで、日用品と正月飾りなどを買い込む。恒例とはいえ、ここのジャスコに来るのは一年ぶりだが、以前は地上駐車場だったところがシネコンとアスレチックの施設になっていて、その発展ぶりには驚かされる。周囲のコンドミニアム群もようやく増えてきたようで、生活環境面でずいぶん住み良くなってきたことが窺われる。
 さてこれで、年越し用品はほぼ買い整えた。後は夕食をして、無事帰宅。

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年末に行った祭とイベント

○年末に行った祭とイベントの記録。

11月4日土曜日、一の酉。新宿花園神社。暖かい位。年の瀬の実感なし。06ivent2.jpg

11月16日木曜日、二の酉。下谷鷲神社。ふらりと入った鰻屋のおいしかったこと。06ivent4.jpg

11月24日金曜日、成田空港、ディズニークリスマスツリー点灯式。ベトナム出張の日、偶然に遭遇。06ivent5.jpg

12月17日日曜日、羽子板市。ゼミ学生との忘年会を兼ねた見学会。06ivent6.jpg

 

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今年のクリスマス

 今年のクリスマスイブは、午前中からプロテスタントの教会の祝祭に参加し、夕方戻ってから、今度はカトリックの修道会のミサにあずかった。プロテスタントの教会はほとんど飾り付けなし、十字架もただのクロス。まずは牧師の熱烈な説教から始まり、それが終わるとバイキング形式の立食。アルコールは無し。合間に賛美歌をはさんで、信者の部会によるさまざまなアトラクションが続く。献金もビンゴもある。一方、カトリックの修道院は飼葉桶に寝た赤ん坊のイエスの小さな像を先頭にキャンドルを持って入堂。十字架にはキリストが懸かっている。典礼どおりに1時間ほどのミサを上げた後は、食堂でささやかなパーティ。こちらはシャンパンもワインも出て、がやがやとしゃべって、いつの間にかお開き。同じ経典に典拠してはいても、両者はまったく別物だ。

 帰ってAFN(米軍放送、昔のFEN)をつけてみると、クリスマスソングばかりかけているのは昔のままで懐かしかった。「ハッピー・クリスマス」もかかった。まったく、戦争など早くやめろ。
 それで、25日の我が家の晩餐は、妻手製のローストチキン。

chick.jpg

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歴史に関する覚え書01

 歴史学の目的は、精緻な史料のアーカイブを作ることに限定されてしまった。
 そしてわれわれの知る歴史は、それら史料によって織り成されるところの或る価値観の表明、すなわち信念体系に過ぎない。
 ところで、あらゆる信念体系に頼ることができない以上、歴史にもまた頼るわけにはいかない。
 われわれは、自分の中に入り、自分に頼るしかないのである。

 いずれ、「なるほど! そうだったのか! しらなかった!」などということになるのだろう。

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ボルボ240、あと200キロで10万キロ

○ボルボ240、あと200キロで10万キロ
 ボルボ240オンマニ号は、あと200キロで10万キロ走行になる。もちろん、私が走らせているのは1万5000キロ程度、微々たる距離だ。
 その10万キロで次期オイル交換、すでにボッシュのオイルフィルターも購入済みだ。ちなみに、2万キロでの予定はプラグ交換だ。今度はスプリットファイアのプラチナプラグにしようかと考えている。そうすると6万キロは交換しなくてよいようだ。これにウルトラヒューズ製作元のニッポンエミールでコーティングしてもらえば、鬼に金棒だ。あとは車検くらいのときに嶋田電装の「カミナリ」を交換しよう。コンデンサーには寿命があるそうだから。さらに3万5000キロオイル交換のときに、K&Nフィルターの清掃だ。バッテリーがいつまで持つか。これも次の品の目論見があるので大丈夫。心覚えまでに書いておく。
 それで、このところのインプレッションだが、実に快調。ATも何とかうまく切り替わっている。エンジン音も低いし、よく回る。かつてBMW320カブリオレに乗っていたころの、あの有名な「シルキー・シックス」に近い。こっちは振動の多い4気筒だというのに。電気系、点火系が、無理なくバランスしているのだろう。なにせちょっと加速するだけで、あっというまにぬふわキロになるのだから。
 近頃、通勤はもっぱら電車なので、あまり使わないのだが、しかし機嫌よく走ってくれるのはありがたいことだ。気持ちがいいのが何よりだ。

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変な一日

 昨日は、学生の卒論の点検で、遅くまで学校にいた。しかしむしろ雨も上がって、帰宅には好都合となった。
 バスを待っていたら、定刻に来る。遅れることが多いので(たまには間引いているのではないかとすら疑いたくなる)、これは助かる。
 ところが、終点の駅前ロータリーに入る直前のカーブで、突然ストップする。対向して来たミニバンとぎりぎりですれ違えないのだ。向こうの運転手がこちらになにかどなっている。普通の会社員のようだが。前方左側に不法停車中の車が一台いたので、バスがやや中央にはみ出してカーブを曲がったのを怒っているらしい。だが見ると、ミニバンの左側縁石までは、1メートルも空いている。自分だけが正しいと思ってぎりぎりしている人だ。「バカ」とバスの運転士も言う(客は私一人だけだったので)。私「まったくはた迷惑だ、ああ電車が出ちゃった」運転士「すいません」私「そっちのせいじゃないよ、どうもありがとう」と降りる。
 まあ、次の電車に乗れば新百合ヶ丘で快速急行に接続できるので、かえって楽だ。そう思って各停に乗ったら、車掌室で列車無線のチャイム音がする。ほどなく車内放送「後続の快速急行は、本厚木で車両故障の点検のため遅れております。その後の多摩急行の方が先に発車いたします」またもトラブル。
 駅で車掌に聞くと、多摩急行の方が先に着くという。それならいいやと思って乗り込み、走っていくと、下北沢を発車した直後に、またもストップ。車内放送「前を走る各駅停車の車内でお客様同士のトラブルがあり、東北沢駅でそれに対応中です。対応が済みしだい、順次発車します」こんどはケンカか。
 7分位遅れて代々木上原到着。後続の快速急行がもう追いついてきている。本来はその快速急行こそが先発で、しかもそのケンカ各停に接続するはずだったという、ややこしい状況だ。
 次の各停は当分来ないので、もうあきらめてそのまま千代田線に入り(多摩急行は千代田線直通)、代々木公園駅で降りて帰宅した。東京メトロ運賃分、損をしたが、やむをえない。
 思えばケンカ現場に遭遇しなかっただけ良かったのかもしれないが、なにか変な日だった。車両故障、人の気持ちのイライラ。みんな電磁的波動が乱れているゆえなのではないか。

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夢の話

○夢の話
 12月7日、目覚めの前の夢。
 どこか海沿いの町。戦前のコンクリート製のような古い建物と、その横には舟入となっている海。私は建物の横の細い道にいる。舟入には小さな漁船がいるらしいが、建物沿いの岸壁にいるので、私の位置からは見下ろせない。サンシンの調べが流れ、唄が聞こえてくる。奄美と沖縄とヤマトの混合のような感じ。海は透明なエメラルドグリーン、天気は晴れて暖か。水もぬるんでいることが判る。
 急に水かさが増しているらしい、私「満ち潮だな」とひとりごちる。道の先、建物の横にコンクリートの階段があって、そこを降りるのだが、もう海水に浸かっている。足を踏み入れるとぽちゃんと滑り、そのままどんどんと尻を階段に打ちながら水にはまるが、そのままゆうゆうと泳ぐ。
 舟入の海を、建物横の岸壁に沿って泳ぎ、角のところで水から上がる。道が二つになっているらしく、左に行くと再び海に降りる道。「これじゃ戻っちゃう」もうひとつの道はセメントの塀で行き止まり、塀をよじ登って向こう側の町に出る。
 調べと唄、バックグラウンドミュージックのように流れる。~涙なんとか、起きたときにはメロディも歌詞も覚えていたが失念。
(解釈)夢の中の水が怖くなくなった。昔の夢では、足元に水がつくのは、必ず怖い夢だった。ところが今回は、晴れて水も美しく、自分から進んで泳いだ。しかも上がることもできた。潜在意識との和解?

 12月10日、目覚めの前の夢。
 どこか田舎の町。歩いていると、知らない若い男が言いがかりをつけてくる。馬鹿馬鹿しいので相手にしないで歩いていくと、男は追いかけてきて、私が立ち止まり振り向くと、真面目な怒ったような顔で、「宗教か心理学かに携わっている方とは知らずに失礼いたしました」と謝る。へえ、自分はそういう人間だったのか、とはじめて思いながら、折れ曲がった階段を上がっていく。展望台になっているのか? ずいぶん高いところまで上ると、見晴らしがよく、木立が見えたりする。右斜め上方には、さらに鉄製の橋が長く延びて架かっている。「さすがにあそこまでは怖いですね」と男が言い、私もそうかな、と思う。そのあたりで目覚め。
(解釈)男は私の自我か、インナーチャイルドか。まだ怖れが残っているようだ。

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