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古川ロッパ展

○古川ロッパ展
 W大学の正門前に行くと、門全体をふさぐように櫓が作られ始めており、紅白の垂れ幕と校旗がかかっていた。言わずと知れた優勝パレードのゴールの準備だ。
 私の方は、授業までの空き時間、演劇博物館に入って、ちょうど開催されていた「古川ロッパ」展を観た。古川ロッパの声帯模写の録音が流れていたが、「愛馬行進曲」を藤原義江風とエノケン風に歌い分けているものなど、聴きながら思わず吹き出してしまった。
 古川ロッパは、大正時代からすでに映画評論を書き、レビューの世界でも活躍した。これに影響を受け、花巻農学校でミニミニレビューを上演したり、ちょっと表現主義風のイーハトーブ童話を書くのが宮澤賢治だ。
 知識と考えの幅が広がった。

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ボルボ240、電気系メンテナンス

○ボルボ240、電気系メンテナンス
 午後から気が向いたので、ボルボ240オンマニ号の電気系のメンテナンスをする。バッテリーを上げたので、少しでも糊塗しておこうという姑息な根性。
 嶋田電装から「嶋電スプレー」という新製品のDMが来たので、早速注文したら、すぐに届いた。これを使ってみる。ナノテク使用で電気接点の改善ができるものだという。興味のある方は、嶋田電装のHPをご参照の上、あくまで自己責任でお願いします。
 まずボンネットを開けてバッテリー端子を緩めて外し、、ビニール袋で絶縁しておく。それからヒューズにかかる。ボルボ240のヒューズボックスは助手席左前にあり、ヒューズは「イモムシ」と呼ばれる旧式のもの。これを一つ外すたびにクランプ式の端子を磨き、そろそろ危うそうなものは、かねてオート・ボルタに頼んで準備してあるものに交換し、接点を磨いてから嶋電スプレーをかけて、ふたたび一つずつ取り付けていく。全16本。
 この作業を終えてからエンジンルームに戻る。ULTRAのシリコンプラグコードを一本ずつ外し、プラグ側とデスビ側双方の端子にスプレーする。さらにセンターコードのデスビ側とコイル側のそれぞれの端子にもスプレーする。プラグを外したりデスビキャップを外すのは、いまのところ私の手に負える範囲を超えるので、これはいずれオート・ボルタに立ち寄って、社長の監督の下でということにする。またそれまでにバッテリー延命デバイスを注文しておいて、併せて取り付けてしまおう。
 ここまで終えて、あらためてバッテリー端子に取り掛かる。嶋田電装によれば、このスプレー液は圧着圧力を加えることによって本領を発揮し、電導効率が改善されるということなので、あらかじめ少し緩めておいてワイヤーブラシで磨き、そこにできた隙間にスプレーした。しかしあまり緩めると、カミナリや嶋電アースやプラスチャージラインといったごてごてした端子が外れてしまいそうで、そこまでは思い切れなかった。
 再び端子をしっかりと締め付けて、エンジンルームは終了。最後にダッシュボードのライター端子のところに取り付けてあるHotInazmaの接点にも吹き付け、これでよしとする。
 それ以外の作業としては、エアコン清浄スプレーをかけ、リヤゲートに貼ってあった高幡不動のステッカーを剥がした。まだ新しいお札を貰いに行ってはいないが、ちょうど一年になるので、いずれ行くつもりをしている。今度はステッカーをガラス窓に貼るか、それともエンジンルームに貼るか(そうした例の写真がVolvo Styleムックに載っている)、その何れかにしようと考えている。しかしガスとか埃で不浄なエンジンルームにありがたいステッカーを貼るのもいかがなものか、とも思ったりするので迷うところだ。
 さてこれで、本日の電気系のメンテは2時間ほどで終了した。とりあえずはエンジンもかかるし、車も動く。しかし駐車場内でしか動かしていないし、1時間弱通電していなかったので、コンピュータに再度学習させねばならないだろう。それで試運転の結果とインプレッションについては、稿を改めて書くことにする。

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夢の話

○夢の話
 今日見た夢。
 行き慣れた道(夢の中での話)を車で走っている。いつものように目の前の踏切を渡ろうとすると、線路の向こう側の踏切出口が鉄棒で閉鎖されている。「あれ、ここも無くなったのか…」と当たり前のように思いながら(東京周辺では道筋が変ることなどごく日常のことなので)出口の方を覗くと、線路の向こうはそのまま海。何十メートルという高さの下に、太平洋のような(そうだ、湘南あたりの道路だったとここで思う)紺青色の海が一面に広がっている。「危なかった、もし夜だったら、このまま突き破って真っ逆さまに転落していた……」と思いながら引き返す。
 たしか以前は向こうに抜ける道路があって陸地もあったはずなのに、ものすごい崖になって落ち込んでいるらしい。高潮で崩されでもしたのだろうか。
 ……このあたりから後は釣針を垂れるなど説明的になってきて、目が覚めた。
解釈:
 海は無意識層。しかしかつてはそこはなお陸地として覆われており、なおかつ行く道があったのに(つまり表面意識が糊塗していた)、今ではその無意識層がありありとあらわれて見えるようになった。だがそこへ通じる道が閉鎖されており、しかも海と線路との間は断崖になっているということは、無意識層、つまり真の自己と表面上の自分との間には、まだ大きなバリヤーがあって行き着くことを妨げられている。
 また、かつて陸地だったところがいきなり断崖になっているというのは、高潮で浜が削られた自分の故郷の記憶が拡大されたものだろうか。
 無意識層の存在があらわになっただけでも進歩かもしれない。それともいっそ、暗がりのまま(つまり表面上の恐怖感など無視して)落ちてしまった方がよかったのかもしれない。

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今日からかりゆしウェア

○今日からかりゆしウェア
 今日からかりゆしウェアに衣替え。しかしあんな内閣のような無様な格好ではないつもり。だいたい、こっちの方が早い。夏休みまでは、もっぱらかりゆしウェアとReyn Spoonerのアロハの二本立てで行くつもり。もちろんビジネスに通用するものだ。下もちゃんとスラックスと革靴で決める。
 とはいうものの、今日はむしろ肌寒いくらいの天気だった。それでも蒸し暑さをしのげるからいい。

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怖ろしい夕空

●怖ろしい夕空
 今夕のような怖ろしい空は初めて見た。紺色、灰色、黄褐色の混濁に、稲光が輝く。雷鳴もとどろいた。

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島崎藤村と北村透谷

○島崎藤村と北村透谷
 心覚えまでに書いておく。こうしたことを指摘している人がいるか否か、それもわからない。
 藤村にとって、透谷は「父」であった。
 藤村は、実際は父を知らないはずだ。その息遣いその他は、長兄の妻、実姉などから聞いているのみだ。そこで、青山半蔵の造形については、歴史的事象は『大黒屋日記』から、また晩年の悲劇的容貌については姉の晩年のありさまから、それぞれ取って作り上げたのだ。しかも藤村が文学・芸術の道に進むに当たって、父はなんの契機にもなっていない。
 ところで、文学者藤村を生むきっかけとなったのは、透谷の評論であることには疑いないだろう。つまり、芸術家藤村にとって、透谷こそが「父」なのである。しかも自殺まで考えて踏み止まった藤村をまず迎え入れ癒すのは、透谷なのだ。ここで藤村は「更生」する。だから「新生」といってもいい。ところが透谷自身は、そうして新しく生まれさせた藤村に自分の命を託すかのように逝ってしまうのだ。
 のちの藤村は、透谷の思い出について通り一遍の記述しかしていないが、それは歴史的一般論として書いているから思い入れを排したわけであって、「父」としての透谷の存在は、『夜明け前』にはっきり刻印されている。
 それは、乱心する直前の青山半蔵の一夜の感懐が、透谷の「一夕観」をそっくり口語に置き換えたもの(人物を西洋人から幕末日本人に入れ替えたりしている)となっていることからもわかるし、これは『夜明け前』あとがきで三好行雄がつとに述べている。
 しかしそれだけではない。『春』の中には、自殺漂泊行に出る前の藤村を訪ねて来た透谷が、こんな行動をする場面がある。
 急に青木は耳を澄ました。
「あ、誰か僕を呼ぶような声がする」
 と言いながら、彼は両手を耳のところへ宛行って、すこしし首を傾げていたが、……
 これは『夜明け前』では、妄想に駆られ始めた青山半蔵が取る、
……ふと夜の空気を通して伝わって来る遠い人声を聞きつけて、両方の耳に手をあてがった。
「あ──誰か俺を呼ぶような声がする」
……彼はまた耳を澄ましながら、……
といった行動に、寸分違わず写し取られている。
 青山半蔵も北村透谷も、どちらも時代に破られて滅びていく。かれらの理想は実現されない。その意味からは、透谷の生きた19世紀明治時代も、いまだ「夜明け前」なのだ。
 この「夜明け」に日が射したのが、色川大吉も示唆するごとく日清日露の戦争によってであったというのは悲しむべきことで、だからその日は青天白日の日ではなく、すでに陰が差しているわけで、それが日本の針路を再び暗くする。
 そこからすれば、生き残った文豪藤村にとっても、時代はけっして人ごとではないはずだ。もし藤村が敗戦後にもなお生きていたとしたら、藤村はどうしただろうか。また藤村に対する世の評価はどうなったことだろうか。
 「夜明け前」は、太平洋戦争のときにも続いていた。そして今もなお続いている。

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「殯の森」監督帰国

●「殯の森」監督帰国
 「日本の美しさを表現」とか言っているようだが、安_倍☆三に思い切り利用されるのではないか。
 モンゴル人が横綱になっているようで美しい国もなにもないものだと思うが。

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ボルボ240、バッテリー回復

○ボルボ240、バッテリー回復
 W大学、麻疹で閉鎖。よって非常勤は休講。合間を利用して、北総ニュータウンのジョイフル本田へ日用品の買出しに行く。千葉県内、道が混んで難渋する。2車線の旧街道で右折車あり、踏み切りありでは仕方ない。
 ジョイフル本田の駐車場でボルボ240オンマニ号のボンネットを開けてバッテリーをチェックしてみると、ありがたやインジケーターは「緑」に戻っている。助かった。しかしやはり、延命デバイスはつけた方がいいだろう。タイミングを見計らって注文するつもり。
 ジョイフル本田はウィークデーということもあって、ゆとりある買い物ができた。妻によれば、ティッシュペーパーが値上がりしているとのこと。またドライクリーニング代も来月から値上げとのことで、ガソリン代が再び上昇していることとも考え合わせ、つまりは石油の値上がりが響いているということだろう。
 要するに、遅効性の石油ショックが来ているのではないだろうか。しかも今度はOPECを傀儡に使うこともなく、アメリカの直接の差し金で。

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松_岡_農_水_相

●松_岡_農_水_相
 この事件は、昔ならば内_閣が吹っ飛ぶスキャンダルだと思う。恐らく裏には、表面に現れていることの100倍もの事情が隠れているとは、誰しも思うことだろう。2000年前の漢代と変わりない。物言えば唇寒しの時代の再来だ。

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モナコ・グランプリ

○モナコ・グランプリ
 まったく久し振りに、F1モナコ・グランプリの中継を観る。車の彩色もなにも、私がよく観ていた90年代初頭とはまるで変わっていて、なんだか判らない。しかも石油会社のシェルの名前が、貝殻マークはそのままではあるが、Helixとかいう、聞いたことのないものに変っている。調べてみよう。まるで浦島太郎だ。
 車載カメラからのオンボード映像が、日差しが強くてコントラストの濃いモナコならではか、まるでアーケードゲームのバーチャルモナコグランプリと寸分違わないように見える。車側からのカメラで判ったが、デジタルカメラになっているので、処理がデジタル化されているため、画像としての信号の質は同じだからだろうと考えた。現実が仮想を後追いしているというわけだ。おまけに、最新のF1マシンのステアリングはデジタルゲームの操作デバイスそのままの形をしているし。

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