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島崎藤村と北村透谷

○島崎藤村と北村透谷
 心覚えまでに書いておく。こうしたことを指摘している人がいるか否か、それもわからない。
 藤村にとって、透谷は「父」であった。
 藤村は、実際は父を知らないはずだ。その息遣いその他は、長兄の妻、実姉などから聞いているのみだ。そこで、青山半蔵の造形については、歴史的事象は『大黒屋日記』から、また晩年の悲劇的容貌については姉の晩年のありさまから、それぞれ取って作り上げたのだ。しかも藤村が文学・芸術の道に進むに当たって、父はなんの契機にもなっていない。
 ところで、文学者藤村を生むきっかけとなったのは、透谷の評論であることには疑いないだろう。つまり、芸術家藤村にとって、透谷こそが「父」なのである。しかも自殺まで考えて踏み止まった藤村をまず迎え入れ癒すのは、透谷なのだ。ここで藤村は「更生」する。だから「新生」といってもいい。ところが透谷自身は、そうして新しく生まれさせた藤村に自分の命を託すかのように逝ってしまうのだ。
 のちの藤村は、透谷の思い出について通り一遍の記述しかしていないが、それは歴史的一般論として書いているから思い入れを排したわけであって、「父」としての透谷の存在は、『夜明け前』にはっきり刻印されている。
 それは、乱心する直前の青山半蔵の一夜の感懐が、透谷の「一夕観」をそっくり口語に置き換えたもの(人物を西洋人から幕末日本人に入れ替えたりしている)となっていることからもわかるし、これは『夜明け前』あとがきで三好行雄がつとに述べている。
 しかしそれだけではない。『春』の中には、自殺漂泊行に出る前の藤村を訪ねて来た透谷が、こんな行動をする場面がある。
 急に青木は耳を澄ました。
「あ、誰か僕を呼ぶような声がする」
 と言いながら、彼は両手を耳のところへ宛行って、すこしし首を傾げていたが、……
 これは『夜明け前』では、妄想に駆られ始めた青山半蔵が取る、
……ふと夜の空気を通して伝わって来る遠い人声を聞きつけて、両方の耳に手をあてがった。
「あ──誰か俺を呼ぶような声がする」
……彼はまた耳を澄ましながら、……
といった行動に、寸分違わず写し取られている。
 青山半蔵も北村透谷も、どちらも時代に破られて滅びていく。かれらの理想は実現されない。その意味からは、透谷の生きた19世紀明治時代も、いまだ「夜明け前」なのだ。
 この「夜明け」に日が射したのが、色川大吉も示唆するごとく日清日露の戦争によってであったというのは悲しむべきことで、だからその日は青天白日の日ではなく、すでに陰が差しているわけで、それが日本の針路を再び暗くする。
 そこからすれば、生き残った文豪藤村にとっても、時代はけっして人ごとではないはずだ。もし藤村が敗戦後にもなお生きていたとしたら、藤村はどうしただろうか。また藤村に対する世の評価はどうなったことだろうか。
 「夜明け前」は、太平洋戦争のときにも続いていた。そして今もなお続いている。

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